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ラッパーです。

27歳のリアル

秋が一瞬で通り過ぎそう。

 

去年の冬さえ昨日の様なのに。

 

更には昨日のことさえ昨日のことになるんだから
バックナンバーの整理が追い付かず
全ては分厚い「過去」フォルダに収納されていく。

 

『時間はスローでも止まんない』って昔スラックが歌っていたけど
今考えてみたらリリカルというよりかは只々事実でしかない。
究極のパンチラインは究極のあるあるネタだと思うのだけど
それは今はいいとして。
ことあるごとにこの一節が脳内を侵して、焦燥感を駆り立ててくる。
もしくは焦るときほど思い出すのか。
卵も鶏も同時に世界に誕生しているような。

 

いつだって自分の悩みの種は時間が足りないことであって
裏を返せば時間さえあれば何とでもなると思っている節もある。

過去の失敗も時間さえあれば解決できたのではないか。
あれやこれも時間さえあれはどうとでもなるだろう、など。

 

しかし生き急いでいる訳でなく、むしろその逆。
免罪符の「時間がない」と皮算用の「時間があれば」を
上手く使い分けて未処理のタスクにラベルを貼っていく。
そのくせ「悩みの種は時間がないこと」だなんて、
我ながら非常に綺麗に分かれた二枚舌だと思う。

 

やるべきこと考えることが多くて嫌になってくるってのは
人間だれしも、往々にしてありうる。
そのありきたりな悩みをさも自分特有のものだと錯覚することは
幼稚で傲慢で、芸術家ぶるには格好の思考法。

だらだらと日々をこなしては、財布の中身ばかり気にするけども

時間も同様、さらさらとガラスのくびれから落ちて、やがてなくなってしまう

 

もしこの人生がドキュメンタルムービーだとしてピークはどこだ。
「20代のシーンは退屈だったから早送りしちゃったよ」ってレビューに書かれかねない暮らし。
それでも建設中のビルは目をそらした隙にぐんぐん伸びるし
友達の子供はいつの間にか二本足で歩いてた。
時間の流れた痕跡だけははっきりと目に見えて
やはり時間が止まってなかったことに気づかされて、またオチる。

 

鬱屈とした暮らしを変えるハウツー本には一様にして
○○を✖✖と捉えてみようとかばかり。
要するに物の見方、考え方を変えなさいってことらしい。
ポジティブ至上主義前提の口調でそれらしいことが書いてある。

 

分からんくもない。
結局答えはシンプルで、分かり切ってる。
目の前のことを着実にやること。

やりたいことが、やらねばならないことになっていないか。
時間を効率よく使うには物事の取捨選択は必須。

 

分かり切ってる。
以上も以下もなく、分かってる、だけ。
となると問題は時間がないことではなく、
「分かってるのにやらないのは何故か」ということで。


これに関してはマジで分からん。
なんでやらんの戸髙。

 


今年も着なかった一昨年買った秋物。
思えば買った時から「なんか違うな」を存分に纏っていたそれを
供養精神で鏡の前で着てみる。

身の丈を越えて背伸びしたような色味と

慣れれば似合うだろうという既に死んだ伏線。

お前は今夜から寝間着になるんだぞ、と心の中で諭して、
せめてもの弔いでコンビニまでは連れてってあげる。

 

そんなときに出くわす友人の間の悪さたるや。

 

そりゃ早送りされるわってことしか起きん。